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青梅市
美術館

museum/多摩武蔵野から行くミュージアムガイド
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「玉堂美術館」
〒198-0064 東京都青梅市御岳1-75
TEL:0428(78)8335

http://www.gyokudo.jp/

開館時間:
[3月〜11月]
10:00〜17:00 ※入館は16:30まで
[12月〜2月]
10:00〜16:30 ※入館は16:00まで

休館日:月曜日
※ 月曜が祝祭日の場合は翌日)、年末年始(12月25日〜1月4日)

入館料:大人・大学生500円、
中・高校生400円、小学生200円

玉堂美術館
 
多摩をこよなく愛した珠玉の日本画家河合玉堂の終の家
 
「多摩川と御嶽の山に囲まれた自然も楽しめる美術館」

横山大観と同時期に、日本画の歴史を築いた川合玉堂。
自然の中に生きる人間を描いた優しい日本画には、やすらぎと日本人の原点を感じさせてくれます。

美術館の前には、多摩川の流れや奥多摩の雄大な景色が広がり、スケッチや油絵を描く人々の姿も見られます。そこには、写生を毎日欠かさず行ったという玉堂の姿をしのぶこともできるのではないでしょうか。
 
川合玉堂とは
(かわい ぎょくどう/1873〜1957年)
近代日本画壇の巨匠、川合玉堂は日本の自然をこよなく愛し、数多くの風景画を描きました。
明治6年愛知県に生まれ、14歳で京都の日本画家、望月玉泉、のちに円山派の幸野楳嶺に師事し天分を大きくのばしました。23歳で東京画壇に転じ、橋本雅邦に学び苅野派を極め、円山・四条派と狩野派を見事に融合させ、日本の四季が織りなす美しい自然の風物詩を情趣豊かで写実的に描く独自の境地を開きました。東京美術学校教授、帝国芸術院会員などを歴任し、昭和15年、文化勲章を受章しました。昭和32年6月30日没。勲一等旭日大綬賞を受賞。
 
入口
1944年に移り住んでから1957年に亡くなるまで、玉堂は御嶽駅近くにアトリエを構えていました。地元の人たちと懇意にし、多くのファンに親しまれていた玉堂が亡くなると、そういった人々の寄付によって美術館建設の話が持ち上がりました。御岳を訪れた客人とよく歩いた多摩川沿いの地に、この美術館が出来上がったのは1961年。以来40年以上もの間、玉堂ファンのリピーターに限らず、安らぎや癒しを求める若い女性たちなど多くの人たちが訪れます。
 
展示室
季節に応じて、玉堂の作品を展示しています。まずは玉堂の作品の前に立って、ゆっくり作品を見てください。描かれている人には動きがあり、山は斜面があるように見え、時には音やにおいを感じることができます。気づくと作品の中に自分が入り込んでしまう、そんな安らぎを感じる絵こそ玉堂の絵画なのです。
玉堂は10代の頃から毎日スケッチを欠かさず行い、体と五感で感じた自然を、何も見ないで下書きもなく描いたそうです。展示室にはスケッチや使った画材なども展示されています。
 
庭&通路
展示室を抜けると、龍安寺の石庭のように白い石が敷き詰められた庭があります。写真では散ってますが、奥に黄金の葉がきれいなイチョウの大木がそびえています。

また、庭と向き合う形で、展示室とアトリエを結ぶ通路も展示スペースとなっています。季節にちなんだ作品や使われた画材が並びます。
 
アトリエ(復元)
玉堂が構えていたアトリエは、御嶽駅の近くにありました。当時のアトリエのまま、復元したのがこのスペース。日本画家には珍しく、玉堂は画板を立てかけて絵を描いていました。絵に対する執念だけは誰にも負けな
かった、という玉堂の姿が重なります。
 



-----------→探訪後記
絵画をじっと見ていると、歩いている人の足音や風で木が揺れるように感じます。
そう、気づくと玉堂の作品の中に入り込んでいるのです。
そして美術館の帰り道、玉堂が表現した青梅の自然をもっと素敵に感じることでしょう。
Writer by 藤田千彩
     
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