 |
「岡本太郎のアトリエ兼住宅を公開」
青山の骨董通りを1本入ったところに佇んでいるのが「岡本太郎記念館」です。ここは、「芸術は爆発だ」という名言や「太陽の塔」で有名な岡本太郎氏のアトリエ兼住宅を改装して造られました。館内は、1階サロン・アトリエ部分(常設)と2階展示室、庭の3つのスペースからできています。ほかの美術館と違い、写真撮影もOKなので、お気に入りの作品やスポットを探してみるのもおすすめです。 |
岡本太郎とは
1911年2月26日、漫画家の父:岡本一平と小説家の母:かの子の長男として川崎市で誕生しました。幼少期を青山で過ごし、18歳の時、父の取材旅行に同行し渡欧。その後もヨーロッパで制作活動を続け、展覧会への作品出品や画集を発表するなどの活動をしていきます。しかし、1940年ドイツ軍のフランス侵攻により日本へ戻ることに。戦後は、日本に活動の拠点を移し、1970年の「太陽の塔」といった造形や絵画を発表していきました。岡本太郎氏は、海外からの評価も高く1989年のフランス芸術文化勲章をはじめさまざまな賞を受賞しています。また、「太陽の塔」などの作品をパブリック・アートとして国内で見ることができます。 |
|

アトリエはル・コルビュジエの弟子だった板倉準三が設計 |
なりたち
当初は、生まれ故郷である川崎市に美術館を造り作品を収蔵する予定でした。しかし、開館予定地で反対運動が起こり、美術館建設の目処がつかなくなってしまったのです。そこで、1996年に岡本太郎氏が亡くなるまでアトリエ兼住居として、彼が50年近く生活した空間を1998年に、記念館として開放することになり、開館に至りました。 |
1階部分
入口から右側へ入るとすぐにカラフルな空間が広がります。ここでは、製作された主な造形物とともに岡本太郎氏の人形がお出迎え。
その先にあるのがアトリエです。ここのスペースは、生前のまま残されており、机の上には実際に使用していた画材道具が並んでいます。また作品のほか、棚には未完成のキャンバスが多数収められていました。
|

岡本太郎氏の衣装は季節によって変わります。
ネクタイはもちろん彼のデザイン |

複数の作品が並ぶ中、
1点だけメキシコのお土産が混ざっているとか
|

ニワトリ型のティーセット。
プロダクトデザインも多数、手がけています |
1日のうち、光の変化が
少ない北側に大きな窓を設けたアトリエ |
 年季が入った
複数の筆や刷毛、絵の具が残る作業机 |
 生前、岡本太郎氏が集めていたと
思われる本の数々。本棚の上には作品も
|

よく見ると、いたるところに作品があります |

3ヶ月に1度この作品も変更。
写真は「娘と犬」 |
|
2階部分
階段を上がると、そこは企画展用の展示スペースが2つ。展示作品により背景の色も変わります。企画展は3ヶ月ごとにテーマを変えて、それにあった所蔵品を紹介。1回に展示される作品は30点程度と決して多くはありませんが、迫力ある作品をゆったりと見ることができます。※企画展により異なることがあります |
所蔵品と主な作品
デッサンや未完成作品、油彩、彫刻など約600点を収蔵。中には、写実画をほとんど書いていないという岡本太郎氏にとっては、珍しい若い女性のデッサンや戦時中に書かれた肖像画といったものもあります。
※以下写真の作品は常設ではありません。
|

「太陽の塔」原型(1970年) |

「落日」(1950年) |

「青春」(1951年) |

戦時中、司令部の命令で描かされたという
「師団長の肖像」(1942年) |

養女であった故・岡本敏子と思われるデッサン。
写実している貴重な作品 |

戦後の起点となった作品といわれる
「電撃」(1947年) |

「群像」(1949年) |

「喫煙者」(1951年) |

「無題」(1947年)
|

本の装丁なども手がけていました
|

「顔」(1952年)
|

「縄文人」(1982年)
|
庭
生前は、彫刻をこの庭で彫っていたそうです。現在は、梵鐘「歓喜」や「母の塔」の原型、「犬の植木鉢」といった造形物が、庭のあちらこちらに設置されており、これらは実際に触れることができます。
|
「犬の植木鉢」(1955年)
|
|
ミュージアムショップ
入口を入ってすぐのところにあるのが、チケット売り場兼ミュージアムショップです。ここでは、Tシャツやポストカード、書籍などが販売されています。 |

ポストカードは、作品とともに撮影された岡本太郎氏など。1枚157円
|

「太陽の塔」(銀)1260円。色は白もあります
|

「犬の植木鉢」などの作品をモチーフにしたピンズ630円
|